
Hand-Drown graphics
Pangraphicsでは、矢後の手描きのドローイング、ペインティング、カリグラフィーをベースとしたグラフィックデザイン開発を行なっています。これらは矢後の立ち上げた「Humane Error」というコンセプトをもとに制作されていて、グラフィックデザインのアートワークへの広がりを実験的に検証するものとなります。この考え方を矢後の過去のインタビューから再編集されたテキストでご紹介します。
Humane Errorとは
手描きのグラフィックについて、僕は「humane error」というコンセプトを大切にしています。これは、人間的なミスやエラーをデザインの中に取り込むという考え方です。にじみ、汚れ、デザイン制作の時に描かれる補助線などをデザインの中に残し、不完全さをあえてデザイン自体に組み込むことを意味します。PCを使ってデジタル上でデザインする時も、なるべく「削除」機能を使わず制作し、一度生まれたものをなかったことにするのではなく、戻らずに修復していくという姿勢を持つことを大切にしています。
写真のディレクションを行う時にも、この考え方は生きています。作り込みすぎず、スタイリスト、ヘア・メイクアップ・プロップアーティストの方々のアイデアや提案の余白を残し、計画された撮影プロセスの中で、提案される即興性や新しいアイデアを受け入れることを意識しています。
さらに、ブランドデザインや広告制作の際にもこの考え方は生きています。パートナーやクライアントとの話し合いの時に、苦労して作った自分のデザインの正しさを主張するのではなく、その場で偶然出てきたアイデアや方向性を受け入れて楽しくデザインすることを心がけています。プランAだけでなく、プランBやCにも僕らの未来は開かれていること、そして予期せぬ変化さえ楽しむ姿勢を持つことが「humane error」のコンセプトです。
僕はこれまで、デザインとはシンプルで、強く、正しいものであるべきだと考えてきました。それは厳しくて、本質がまるっと見えてしまうくらい削ぎ落とされたものです。しかし今、デザインにはそれとは別の側面もあるのではないかと考えています。今の僕たちに必要なものは、不完全で、どこか欠けていて、それでもなお愛されるものが、今僕らが必要としているものなのではないかと考えています。
バタフライ・エフェクトという考え方があります。1匹の蝶が羽ばたくことで、遠くどこかで竜巻を引き起こす可能性があるのではないかという考え方です。それは、3Dモデリングされた世界のように、すべてが計算に支配される世界観とは対照的なもので、ほんの小さな現象が、遠くどこかで大きな影響をもたらすかもしれないというロマンを示しているように、僕には思えます。
マクロな視点では、個人の意見や小さな力は無力に思えるかもしれません。だけど僕は、ほんの小さな行動や言葉が世界に影響を与え、すべてを変える可能性があると信じています。それはまるで「生命への讃歌」のようなものだと。
僕がいるグラフィックデザインの世界では、世の中がコンセプチュアルに表せると信じている部分があるのではないかと思っています。でも僕は、まとまり切らない個人の考えが、なにかを変えると信じています。
たとえ小さな存在でも、それは生態系におけるキーストーンスピーシスのように、未来に影響を与える存在になり得る。デザインには、その小さな声をキーストーンスピーシスへ導く力があるのではないかと思っています。



















