
ZIPAIR
Pangraphicsは、ZIPAIRのブランドパートナーとして、ブランドストラクチャーの構築、ワークショップなどによるインナーブランディング、ロゴタイプ、機体外装デザイン、インテリアデザイン、ビジネスツールや機内ステーショナリーなどのブランドアイデンティティの開発と管理、広告コミュニケーションの制作や監修、制服のディレクションなどを行っています。
プロジェクトの始まり
ZIPAIRは2017年からJAL内部でプロジェクトメンバー1人の状態で始まり、2018年にSIXとして参画したJALの新LCC事業です。当時、LCCといえば機内にできるだけ多くのシートを詰め込み、サービスはなるべく排除して価格を抑え、短距離路線を飛ぶようなビジネスモデルでした。ただ、このJALのLCC事業は中長距離LCCを作るという当時では考えられない構想でした。
僕たちは、表面的なデザイン制作に入る前に、ブランドの構造をデザインする段階からこのプロジェクトに参画しました。中長距離を飛ぶエアラインとして搭載されていなければならないサービス・機材を精査し、必要でないとされたものがなぜ必要ないのかを言語化し明確化することで、既成概念が生むイメージから脱却して新しいエアラインブランドとしての体質を手に入れることを、1年かけてプロジェクトチーム全体で模索しました。
コンセプトの発見
まずはじめに、エアラインに限らず先進的なサービスや理念を持っているブランドをリサーチすることからはじめました。当時はまだ言葉として整理されていませんでしたが、「地上のサービスを空の上に持ち込む」という感覚がプロジェクトチームの中にすでに共有されていたから、このようなリサーチに時間をかけたのだと思います。

ZIPAIRの機体デザイン。機体の窓部分に、ブランドカラーの1つである「トラストグリーン」のチートラインを配すことで「乗客の安全を守る」という思想を込めている。「LCC=安かろう悪かろう」というイメージがあった時代に必要な思想だと判断した。尾翼には、ブランドアイデンティティのマニュアルで定義したラインパターンが配されている。このパターンには、「NEW BASICを次々に生み出す」という思想が込められている。




大型旅客移動の価値の歴史を読み解く
次に、グラフィックデザインの歴史を中心に「大型旅客移動」の歩んできた歴史を振り返りました。まず、ポスターデザインの巨匠カッサンドルがデザインした、ノルマンディ号のポスターを振り返りました。驚くほどに大きな船が画面全体に描かれています。この時代の「大型旅客移動」の価値は、船という巨大なプロダクトがもたらすインパクト自体にあったのだということが読み取れます。
次に、レイモンサヴィニャックがイラストレーションを制作したAir Franceのポスター。飛行機を見つめるキリンの模様が世界中の国旗になっているというものです。これは、人が国を跨いだ移動をすることが当たり前になった時代に、1つのエアラインが世界中にネットワークをはりめぐらせるくらいの規模をもち、世界中に行けるようになったということが価値になっていると推測できます。このポスターを見た人たちは、どんな国にでも行けて、世界が一つにつながっているような感動を得たのだろうと推測することができます。
そして、もっと後の時代のLufthansaの広告シリーズ。ここでは飛行機の機影は描かれていなく、それぞれの終着地であろう場所のランドスケープが描かれています。まるで飛行機が着陸する時に見える景色のようです。世界中に行けることが当たり前になった時代、「あの国は良かった。この国は良かった」という会話がたくさんなされたはずです。人々はより解像度高く、特定の国について知ることができるようになったと思います。日本に行くことの素晴らしさ、ドイツに行くこと、フランスに行くこと、それぞれの国に、それぞれ違った素晴らしさがある。ということを賞賛しているように見えます。「私は、この国に行きたい」という憧れが、この広告の提示する価値を支えているように見てとれます。
このようにリサーチすることで、エアラインの価値が、時代によって大きく変化していくことがわかってきます。この新LCC事業では「次の価値を提案すること」それを定着させて「次の当たり前を創ること」が重要だというということがわかってきました。

「NEW BASIC」の宣言文。この文章によってプロジェクトチームが目線を合わせ、同じ未来像を持つことができました。
ビジュアルアイデンティティの設計
ロゴタイプ、シンボルマーク、カラーリングなどのビジュアルアイデンティティでも「NEW BASIC」という考え方が大切になりました。ZIPAIR登場以前のLCCの魅力は価格帯とカジュアルさであり、ほとんどのLCCがその価値をビジュアルアイデンティティに内包し、ライトで親しみやすいデザインを採用しているように見えました。目立ちやすくポップなカラーリング、愛着の持てるモチーフを使用するなどのアプローチがよく見られました。
ただ、今回のこの新LCCの体質上、そのデザインの前提を疑った方がよく、僕たちは、調べられる限りの古今東西のエアラインのロゴタイプ、機体のデザイン、制服のデザインを集めて資料化し、さらに独自の観点でグルーピングしました。300程度のエアラインの事例を集め、いくつかのグループに分け、推測できるコンセプトをそのグループごとに設定しました。そうすると、エアラインのブランドアイデンティティに、いくつかの傾向が見えてきました。まずは、大空に憧れるようなロゴタイプで空の旅を楽しむことをテーマにしたようなグループ。フラッグ・キャリアに多く見られる、その国のナショナリティを最大限に表現したようなグループ。LCCに多く見られる可愛くて人懐っこい佇まいをしたグループ。デジタル感のあるトーンで先進性を感じるようなグループ。僕たちが「NEW BASIC AIRLINE」を目指すのであれば、これらのどのグループにも属さないビジュアルアイデンティティを持つしかないということを全員で認識しました。
そして、数百のブランドネーム案、数百のロゴデザイン案の中から「NEW BASIC AIRLINE」という視点で「ZIPAIR」という名前と、現在のビジュアルアイデンティティを選択しました。ビジネスで使っても家族旅行で乗っても恥ずかしくなく、ZIPAIRを選んだことが賢い選択なように思えるスマートなルックスが必要でした。冷静で機能美から新しいサービスを生み出しそうなムードも大切です。
ブランドリリースから2022年まで使用していたシンボルマークには「NEW BASIC」のメッセージを込めました。ZIPとAIRのモノグラム(ブランド名の頭文字を組み合わせたマーク)で、ZIPを「Z」、AIR「_」に設定しました。「Z」は究極を意味するアルファベット最後の文字、「_」は空白を表し、まだ存在しない何か、という意味を込めました。それをモノグラムとして合わせることで「“究極”の次を考える=NEW BASIC」というマークを制作しました。


ZIPAIRのブランドアイデンティティマニュアル。デザインのコンセプトやルールが記されている。








制服デザイン
また、僕たちはファッションデザイナーの堀内太郎さんと協業して、制服のクリエイションも手掛けています。まず、JALの客室乗務員へのインタビュー、研修施設の見学などから、客室乗務員がどういうオペレーションのもと、日々どういう業務内容に対しどんな行動をとっているのかをリサーチしました。その中でわかってきたことは「走る」「重いものを持ち上げる」「乗客と乗務員の体がかなり接近することがある」など、華やかな印象からはかけ離れたタフな現実が見えてきました。さらに、ビジュアルアイデンティティ同様に、制服の歴史についてもリサーチし、制服を構成する機能を分解して、ZIPAIRに必要な機能だけ取り出し、再構成するというステップでプロジェクトを進めました。
初期の制服は、ブランドロゴの成り立ちと少し似ていて、「グルーピング」「立場の表明」という機能から始まったこと、エアラインの制服においては、乗客と接する時のマナーにかなり重点が置かれていること、そして、Air Franceとバレンシアガが、制服にファッションという視点を取り入れた以降、エアラインの制服とファッションデザイナーという座組が生まれ、これが長らく続いているのではないか、という自分たちの見解に辿り着くことができました。この時点でエアラインの「BASIC」はかなりわかってきた感触を持ちました。
そして、制服の機能を「1. 所属を表すためのブランドアイデンティティの表現」「2. 接客に適したフォーマルな見た目」「3. 業務をこなすための動きやすさと機能」の3つに機能分解しました。そこからZIPAIRに必要ない機能を省き、「パフォーマンスを最大化させるための制服」というコンセプトが出てきました。このコンセプトを「NEW BASIC」な制服に定着させるのが「スニーカー」と「着回し」でした。当時、ほぼ全てのエアラインが革靴を採用していましたが、ZIPAIRでは、乗務員たちが動きやすくなり、立ち仕事の過労感が軽減されるであろうということからスニーカーを採用しました。
さらに制服では、20着程度のアイテムを日々の業務に合わせて適切にセレクトして組み合わせることで多様な業務内容に対応するシステムを開発しました。「着回し」を実現したのは空港内でのクリーニングシステムです。制服は通常乗務員一人一人に貸与するのですが、ZIPAIRでは、出勤後に制服をレンタルし空港で着替え、退社時には返却し、そのままクリーニングにかけるという方法を採用しています。

ファッションデザイナーの堀内太郎さんと、スニーカーブランド「NOVESTA」と開発したZIPAIRのスニーカーデザイン。



ファッションデザイナーの堀内太郎さんとデザインした制服のスタイリングパターン。



ブランドストラクチャーの構築
上記のようなリサーチをそれぞれパートごとに行い、「NEW BASIC」という共通のビジョンを持つことで、ブランドの体質にあったデザインを開発しながら、6ヶ月かけて同時にブランド全体のストラクチャーのデザインを行いました。これはZIPAIRというブランドがなぜこの世に存在しているのか、その存在意義を明確にするものであり、ここからできていくサービス開発の指針になるものです。そして、このストラクチャーは、「大きな乗り物に乗って移動する感動」「世界中に張り巡らされたネットワークでさまざまな国に行けること」「自分の好きな国に何度もいけてよく知れること」、その次の「価値」と「あたりまえ」が何なのか、ということのZIPAIRとしての回答でもあります。
その答えとして、ZIPAIRがブランドストラクチャーの最上位に、コアバリューとして置いているのが「体感時間が短くなるエアライン」です。移動はあくまで手段であり、目的は終着地にあります。移動がなるべく短く感じられ、旅の目的にコストをかけられ、終着地でより多くの時間、お金を使えるような感動をZIPAIRは実現したいと考えています。どうしたらそのようなエアラインが作れるのか、ということがここに構造化されています。

ZIPAIRのブランドストラクチャー。このストラクチャーをもとに、ブランドに関わる全てのデザインが決定していきました。